[知恵袋回答] 2013/4/14 00:07:58
<サッチャー元首相が亡くなって
祝福している人たちがいるけど
サッチャー政権時代はそんなにひどかったんですか?>サッチャーについて中間の意見を持つ人に会ったことがありません。好きか嫌いかどちらかです。そのように生前から評価が極端に分かれる政治家だったので、その死に際して好悪の表現がより極端に噴出しているようです。
簡単に言えば、サッチャーは人の生活の全場面に
競争原理を持ち込みました。したがって競争に勝った人はその機会を与えたサッチャーをほめちぎり、勝てなかった人は嫌うという構図になっています
[*1]。サッチャー自身は八百屋の娘
[*2]から一国の首相にまで上り詰めた人で、いわば人生の勝者です。そして、自分にできたことをすべての人に求めました。「やればできる。できないのは努力が足りないからだ」ってことです。でも、ちょっと考えればわかりますが、どんなにがんばっても全員が勝者になれるわけではなく、一部に大勝ちする者がいればその影で多数の敗者が生まれることになります。
[*1]うんと単純化すればです。自分自身は「敗者」とは言えなくても、そのような、すべてが競争で決されるような社会に反対する人々もサッチャーを評価しない。 [*2]正確には「食品兼雑貨屋」で個人経営のコンビニのような商店。「グローサリー」には八百屋の意味もあり、野菜は必ず売っている。同じような品揃えでも、新聞も販売している場合は「ニューズエイジェント」とカテゴライズされる場合もある。サッチャー以前のイギリスは「ゆりかごから墓場まで」と言い表される高福祉が社会全体に行き渡っていました。これは、第二次大戦後、荒廃した社会の立て直しのためにアトリー労働党政権が導入した社会主義政策の一環で、基幹産業の国有化と社会福祉(無料の医療と教育、安価な公営住宅など)を支柱としていました。戦後しばらくはこの政策転換が奏功し、健康の向上や女性の社会進出、教育機会の平等などが進みました。しかし、サッチャーが政権に就いたころには高福祉の弊害も出てきており、また労組が極端に力を持ったことを一因として世界経済から立ち後れる事態となっていました。これが有名な「英国病」です
[*3]。
[*3]たとえば独占企業の東電が腐ったように、競争のない独占国営企業はえてして腐りがち。サッチャーは政権に就くと国の足かせになっていた福祉予算を切り詰め、公営事業(鉄道、水道、郵便など)を私企業に売り払います。また、採算のとれなくなった(と言われていた
[*4])公営炭坑事業などを廃止し、同時に組合をつぶしました。このときに、たとえば親子代々炭坑一筋で働いていた一家の大黒柱が何千人も一度に首を切られましたが、職を失うのはその人たちだけではなく、それらの労働者家庭によって支えられていた地域の全産業が同じ道をたどりました。これにより国の負担は軽減された一方、職を奪われた人々から働く喜びとプライドをはぎ取りました。そのようにして、町ごと荒廃したまま(住人の精神生活も荒廃したまま)、その後の好景気からも取り残された町がイギリスにはあちこちにあります(これから良くなる見込みもありません)。
[*4]実際に採算の取れなくなっていた炭坑をつぶすと同時に、「改革」の足かせになる(組合の強い)利益の上がっていた鉱山(たとえばイングランド北部のダラムの鉄鋼鉱山)もつぶしたらしい。「ヴィクトリア時代への回帰(質素倹約、自助努力、自己責任)」がサッチャーの政治哲学ですが、実際のところ、彼女の人生も運に負うところが少なくない。辞退者があったために繰り上がり奨学生としてオックスフォード大学へ進学できたこと
[*5]や、卒業後に法廷弁護士の資格を取れた
[*6]のは結婚相手のサッチャー氏(裕福な実業家)の援助によることなど、ラッキーな人生だったと言っていいと思います。戦後のイギリスに社会福祉を導入したアトリーが裕福な弁護士の息子で、オックスフォード大卒業後にスラムで働いているときに貧困層への福祉の必要性に目覚めたのとは対照的に、サッチャーは一貫して個人主義だった(
個人の利益追求を奨励した)と言えるかもしれません。
[*5]当時、大学教育はすべて無料だったので(1997年まで無料だった)この奨学金は書籍代や住宅費その他の費用に充てたと推測。当時の大学進学率は18歳人口の5%程度とのことで(改めて調べてませんけど)、大学に行くこと自体がそもそもエリートの証。[*6]大学卒業時の学位は「化学」で、結婚後再び勉強し直して法廷弁護士の学位と資格を得た。*
<サッチャーがいなければ
イギリスはよりよい国になっていましたか?>わたし自身はサッチャー嫌いですが、それでもイギリス経済を建て直したサッチャーの業績はしぶしぶ認めざるを得ないと思っていました。しかし、一昨日テレビで聞いたところでは、当時の欧州はどの国もイギリスと同様の経済低迷状態にあったにもかかわらず、フランスもドイツも社会民主主義政権のもと、サッチャーが導入したような労働者から希望を奪う政策なしで立ち直ったと聞き(ソースを確認していませんが)、そういう道もあったのだなあと知ったのでした。
*
<難しいですね…
極端な社会主義も逆に極端な資本主義、競争社会も
それらの欠点が大きくでてしまう
だれもが幸福になるような政策なんてなかなかないものです
炭鉱労働者達を既得権益者と言ってしまえばそれまでだが
彼らも国民ですしね
ただ切り捨てるわけにも行かない>ブレアが労働党にあって労働党らしくない政治家だったように、サッチャーは保守党にあっても全く保守的でない政治家で、非常にラディカルな政策を繰り出しました(ちなみにブレアの政策は労働党風味のサッチャリズム)。たとえば、公営住宅を住んでいた人に安価で払い下げたり、国営企業の私営化にあたって株を広く一般に持たせたりなど(組合員がこぞって買ったそうです)。この機会に大儲けとまではいかないまでも小金儲けぐらいはできた人が多く、それが長く人気を保てた理由のようです。そんなわけで(確かに人頭税は不人気でしたが)サッチャーは選挙に負けていません。任期半ばでの辞任は党内守旧派との権力争いに負けたからで、国民には一度も否定されてないんです。
では何が問題か。サッチャーの言う「がんばればだれでも目標を達成できる」の「目標」がイコール金儲けになってしまったからではないでしょうか。これによって、サッチャー以前のイギリス人の美徳の一つと言われていた質素倹約や弱者への思いやりといったモラルが薄れ、享楽主義や自分さえ良ければいいといった風潮が蔓延しました。このようにして壊れた社会は一朝一夕には元には戻らず、崩壊は進んでいます
[*7]。
[*7]この拝金主義の極端な表出が、一方ではシティの株トレーダーたちの金満生活であり、もう一方が一昨年夏にイングランド各地で巻き起こった暴動だった。イギリスでは、政治的背景を持つ暴動は時々発生するので暴動そのものは珍しくないが、一昨年の暴動でもっともショッキングだったのは(人種差別への抗議から始まったにもかかわらず)ほとんどの暴動「参加者」の行動の動機が物欲と金銭欲のみだったこと。とは言え、いま現在のサッチャーへの風当たりの強さは、現キャメロン政権がサッチャーの仮面をかぶって繰り出している弱者いじめとも言える政策にも原因があるかもしれません。現政権はサッチャーでさえ手をつけなかった国民健保の私営化にも着手し始めており、それをやっているのが八百屋の娘ではなく上流出身のぼんぼん集団なので非常に不人気です
[*8}。
[*8}キャメロンは、どちらかと言えばサッチャーそのものよりも、サッチャーの優秀な子であるブレアの手法に習うことが多く、今回のサッチャー葬儀もブレアがやったダイアナ葬儀に学んだのではないかと思う。国葬でもないのに女王参列を促したところなどに特に影響を感じる。ブレアはダイアナ葬儀を開催することを通じてダイアナの神通力まで自分のものにした部分がある。
サッチャーは保守党を変えたとよく言われるが、保守党が変わったのはサッチャーが政権にいたときだけで、保守党そのものはサッチャー前後でさほど変わっていないようだ。深刻な変わり方をしたのは労働党のほうで、結局サッチャリズムを正しく踏襲するニューレイバーを引っさげてブレアが登場するまで政権を取ることができなかった。*
<イギリスが英国病から立ち直れたのって
北海油田のおかげでもありそうですね>オイルショックによる原油の値上がりを背景とした北海油田の好景気も、勢いで「勝った」フォークランド紛争も、サッチャーのラッキー人生の一環と言えるかもしれません。
* * *
ところでわたしは、「サッチャーが死んだ〜!」とお祭り騒ぎするのも大人げないので、家で夜中にサッチャー死亡記念連続映画鑑賞をしている。第1夜は『ハンガー』を見た。
HUNGER - OFFICIAL TRAILER第2夜は『
だれかの息子 ある息子 (Some Mother's Son) 』を見た。
[*]Some Mothers Son (フルムービー)映画冒頭にサッチャーの首相官邸前での有名なインタビューのニュースリール。ヘレン・ミレンが主演(ハンガーストライキ参加者の母親)とアソシエイト・プロデューサーを務めた。
[*]『パブリシティ』の竹山さんがマールマガジンで当ブログのサッチャー死亡関連記事を連続紹介してくださっている。なので久々に当記事を読み返してみたところsome mother's sonが意訳し過ぎかも思ったのでよりストレートな訳に修正しました。もっとストレートに訳すなら「ある男」かもなあ。あらゆる男には(女にもだけど)母親が居る(いちおう父親も要るけどね)というバックグラウンドを出したいので「息子」にしときます。(ここだけ14.01.10)北アイルランド(IRAのハンガーストライキもの)が続いたので、次はスコットランドとか北イングランドとかにしようかと思っている。いずれもサッチャー政策によってひどく傷つけられ、捨て置かれた地域。
『ビリー・エリオット(邦題:リトルダンサー)』
炭坑ストライキを背景に、ストライキを続ける炭坑仲間と長男を裏切り、次男の夢を叶えるためにスト破りする父親。撮影地はダラム。スティーブン・ダルドリー監督。
↓
http://www.youtube.com/watch?v=WfXnlATYccY『トレイン・スポッティング』
失業者のあふれる80年代後半のエディンバラ。仲間を出し抜いてドツボから抜け出す若者(サッチャーが奨励した winner take all =
勝者総取りの見本といっていいかも。イギリスの小選挙区制もこれ)を演じるユアン・マクレガーの出世作。ダニー・ボイル監督。
↓
http://www.youtube.com/watch?v=gnxUQMirFMoヨークシャーの炭坑閉鎖を背景にした『Brassed Off(邦題:ブラス!)』とか、シェフィールドの鉄鋼失業者たちが男性ストリッパーになるまでを描くコメディ『フル・モンティ』とか、サッチャー時代の苦境を背景にした映画には名作が多いし、こうした映画をデビュー作とする名監督や名優も多い。これもサッチャーの遺産と言っていいのかも。
ところで、『トレイン・スポッティング』のダニー・ボイルはよく知られるようにロンドン・オリンピックの開会式総監督であり、『ビリー・エリオット』のスティーブン・ダルドリーはロンドン・パラリンピックのセレモニー総監督だった。当然のことながら、両スポーツイベントのセレモニーはトーリーの重鎮が頭から湯気を出すほど「左寄り」になった(笑)。