イギリスの場合、議会だけでなく学校のトップ(校長、副校長)や企業のトップも一般的に若いです。60代以上でトップの地位にある人は、たいがいの場合は若くしてトップに立ち、そのままその役職にあり続けている人です。
なぜ若い人が多いかを考えた場合、イギリスでトップに求められるのは経験の長さよりも理念だからだと思います。トップを替える時はどんな時かを考えるとわかると思いますが、トップを替えるとはたいがいの場合はつまりそのトップ(と組織)が良くなくなったからですよね。その場合、次は違うものが望ましい。
イギリスではトップが替わると組織そのものががらりと変わることがとても多いんですが、それはトップが替わることでその組織を引っ張る/組み立てる理念そのものが変わるからです。例えば、ある人が困難校の校長になった場合、校長は着任早々に教師を募集し、自分で面接して自分の理念を実現するにふさわしい教師を選びます。どんなに経験豊かな教師が(もともとその学校に)いたとしても、自分が進めようとする理念にあわなければ採用しません。
そんなわけでトップ選びはとても大事で、その人がもつ理念が(その組織が進むべき方向として)正しくさえあればいいので年齢や経験は無関係です。ただし、前任が若くて失敗した場合は年配の人がトップになることもあります。
話を首相/党首に戻せば、首相や党首の適齢期は40代と言われています。議会のクエスチョンタイムでの討論の様子などご覧になるとわかると思いますが、相手の突っ込みに対して機敏な対応が求められ、また記憶しなければならないことも多いので、やはり若い方が望ましいのではないかと思われます。特に首相の場合はヨーロッパ、アメリカ、コモンウェルスの国々など世界中をしょっちゅう飛び回っているので体力も必要です。首相だけでなく、閣僚も影の閣僚も一般的に若く、60過ぎたら重鎮です。
先週、労働党党首に選出されたエド・ミリバンドは40歳で、議員になったのは前回の総選挙(2005年)です。前任のブラウンが50代後半だったのでその反動かもしれませんが(笑)、ブラウンも、43歳で首相になったブレアの内閣に蔵相として入閣したときは40代でした。いま、連立内閣で副首相をつとめる自民党のニック・クレッグ党首も2005年当選組の2回生議員です。
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年齢の問題もさることながら、イギリスの場合、トップが替わるとすべてが変わる、というのがとても重要だ。でも、トップを替えるだけで、その組織のすべての構成員が新しくなるわけではもちろんない。トップは自分の理念を理解する側近を選ぶことはできるが、組織の大多数を占める下々はそのままなのでこれをなんとかしなければいけない。
そこで重要なのが言葉の力だ。
トップは優れた理念を持っているだけでなく、それを人々に伝え、説得する言葉を持っていなければならない。言葉に力があれば、人々はその理念が実現された将来をトップとともに想像することができ、その実現に向けて協力しよう、自ら動こうという動機を奮い起こすことができる。理念の実現までに時間がかかったり困難が生じると、トップはその都度演説を行い、人々を励ます。
そんなわけで、イギリスの歴代の首相や党首はことごとく演説の名手である。
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言葉を受け取る側も言葉の力を信じている場合が多い。
みな演説の聞き方がうまく、よくテレビの公開番組でアシスタントディレクターなどが拍手や笑いのタイミングを観客に指示しているが、まるでそういう人でもいるかのように絶妙のタイミングで拍手をする。そのようにして演説の内容/話者の理念に自ら参加し、その理念に自らを適応させているのではないかと思う。
だから、この「言葉への信頼」を悪用すると、世論がその方向へ雪崩をうつ。
それをしたのが演説の名手のひとりであったブレアだ。
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イラクの泥沼にイギリスを導いた2003年3月のブレアの演説の効果を忘れない。
200万の市民がロンドンの路上に出て参戦に反対を示し、何人かの閣僚が辞職し、クック院内総務のこれもまた歴史に残る辞職演説もあったのにブレアの演説ですべてが変わってしまった。
ブレアの演説は、直接的には、戦争によって生命財産を失った数百万のイラクの人々に対して不利益を生み、死んだり傷を負った兵士とその家族に対して不利益を生み、福祉や教育に対して使われるべきだった税金を戦費として浪費したことでイギリスの納税者に対して不利益を生んだ。
しかし、もうひとつ忘れてはならない大きな不利益があり、それは、戦争に反対して路上に出た中高生を含む200万の人々と、その後ろに控えた志を同じくする数倍数十倍の人々に対し、代議制の限界を示すことで民主主義の原則を踏みつぶしてみせたことだろう。その後の総選挙での歴史に残る低投票率が人々の政治への幻滅を示している。
ひとつだけ利益があったとすれば、与党から84名もの造反者を出し、公式野党の保守党からの全面的な支援がなければ参戦を決められなかったこの議決の結果により(多数決の差は132票で保守党の賛成票は146票)、ニューレイバーがかつての労働党よりもずっと保守党に近いことが、だれの目にも明らかになったことだろうか。
そして、独裁とは何かということを、イギリスの有権者がかいま見た瞬間でもあったと思う。
2003年3月18日午後10時 イラクへのイギリスの宣戦布告
http://www.publicwhip.org.uk/division.php?date=2003-03-18&number=118
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ピルジャーも指摘するように、クック(故人)はイギリスがアメリカとともにイラクに対して理不尽とも言える無慈悲な経済制裁を加えていたときの外務大臣である。だから、実際以上にかれを聖人化したり反戦の人のように考えるのは間違いだ(イギリスにはいわゆる反戦議員は少ない)。
しかし、制裁の手を下していた当事者だからこそ、かれはイラクがすっかり疲弊し、もはや脅威ではないことを事実として知っていて、その国に対して戦争を仕掛けることに義がないことに気づいていたのだろう。気づいても言えない人は多い。まして、失うもの(上級議員/閣僚の席)があればなおさらだ。
ロビン・クックの院内総務辞任演説(一般議員席から)
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