直訳するなら「宙づり議会」ですが、通常は「連立与党(内閣)」あるいは「少数与党(内閣)」と訳せば用は足ります。
国会議員の選出方法に小選挙区制をとらない国(や、小選挙区制であっても二次投票などのシステムを持つ国)では、二つの大きな政党のあいだで与党が入れ替わる二大政党制は成り立ちにくく、選挙によって議会の議席の過半数を得る政党がないことが珍しくありません。そのため、与党はほぼ常に連立であるため国民もそれに慣れています。
しかし、イギリスのように小選挙区制(二次投票なし)の選挙システムを持つ国では、与党は二つの大きな政党のあいだで入れ替わるのが普通なので、どちらかの政党がほぼ必ず議会の過半数を占めます。この状態に慣れている国民にとってはどの政党も議会の過半数をとれないという事態は異常なので、それを差して使われる用語が「ハング・パーラメント」「宙づり議会」です。
つまり、議会の過半数を占める政党がない状態を差して、印象悪く言うと「ハング・パーラメント」になり、ニュートラルに言うなら「連立与党(内閣)」あるいは「少数与党(内閣)」になります。
一昨日、総選挙があったイギリス議会の勢力図については今現在、連立がどうなるか(つまり、どこが与党になるか)未定で、最大議席を獲得した保守党と3番目の自由民主党のあいだで話し合いが行われています。
今回の選挙では、与党の労働党はもちろんですが、野党の保守党も過半数をとれそうになかったために、選挙運動期間中、保守党はこの「ハング・パーラメント」を使って有権者を脅してました。実際、選挙期間中に使ったパンフレットなどには、途中から絞首刑の縄(輪の形に結んだもの)をマークとして付けていたぐらいです。
でも、1974年に少数与党を経験したお年寄りたちは、「な〜に、大丈夫ですよ、前だって私たちはうまくやったんですから」とのんきでした(老人ホームを取材したニュースで見ました)。
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二大政党制は交替で与党となる二つの政党のあいだに明確な政策の違いがない限り、成り立ちにくいし意味がない。二つの大政党が似たような政策を実施するのならあえて交替させる必要もなく、その結果、有権者は選挙に関心をもたなくなり政治は腐敗する。
2005年の総選挙の投票率は、毎回高い投票率を誇っていたイギリスの選挙としてはあり得ないほど低く、あいだに実施された地方選挙やEU議会選にいたっては投票率が5割以下だったときもあったと記憶している。そして、昨年から今年にかけて歳費の不正請求をめぐって議員への疑惑が深まり、労働者の味方であったはずの労働党議員からも数名の逮捕者が出たほか、辞職者も出ている。
イギリスにおける二大政党制崩壊の危機は、労働党と保守党の政策に大きな違いがなくなった結果起きたものだ。議員数の過半数割れについては(起きるとしても)今回の選挙が初めてだが、得票率について言えば、とっくに5割を割り込んでいた。
元はと言えば、ブレアの労働党(ニューレイバー)がサッチャー路線(保守党)をひっくり返さないとの公約の元に地滑り勝利した1997年総選挙がスタートであり、以降試行錯誤はあったものの、労働党と保守党には政策においてそれほど際立った違いは出せないまま現在にいたる。
日本の民主党と自民党の違いは、今現在のイギリスの保守党とニューレイバーの違いよりももっとずっと小さいように見える。民主党左派がいまより前面に出てくれば政策上の違いがもっと目立つだろうが、実は大きな変化を望まない日本の有権者には嫌われるだろう。
民主党が実施しようとする新しい政策に対し、有権者が不安に思うのはもっともだが、その不安を取り除く情報やより良いオルターナティブを提出するどころか、いたずらに不安をあおるばかりの日本のメディアにはあきれるばかりだ。大新聞も大テレビもみんな、イギリスで言えばタブロイドのニュースといっこう変わらない。むしろ地方の新聞に見るべき意見がしばしば掲載されるが、読む人は少なく、啓蒙にはつながらない。
自民党独裁の60年間に日本ではいろいろなものが腐ったが、もっとも深刻なのはメディアの腐り方ではないかと思う。
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